老いの苦しみにどう向き合うか

「何のために生きているか分からない(100歳)」

「何も希望がないのが嫌。やることがない(95歳)」

超高齢者のこういった嘆きは 心に刺さります。

年齢を重ねて 日常生活の多くの場面で介助が必要になっても

自身の存在意義価値を保つために

何ができるでしょうか。

 

「何のために生きているか分からない」と嘆いた100歳の女性。

施設で転倒を繰り返したため 緊急呼出ボタンの携帯を求められ

「自由がない」と訴える。

視力も聴力も低下し 体のあちこちも痛む。

「早く逝きたい」とこぼしてみる。

 

彼女が自宅で一人暮らしをしていた時は 不安感が強くみられた。

「大雨が降ると 不安で眠れなくなる」

「また自分より若い人が亡くなった。昨夜も眠れなかった」

痛み止めでも安定剤でも緩和しない 心の痛み。

ご長寿と言われても 喜べない彼女の辛さを傾聴する。

 

「何も希望がないのが嫌。やることがない」と嘆いた95歳の女性。

彼女は数十年にわたり 商売をしていたようだ。

認知症が進行し 商売や地元の話がよく出るようになった。

デイサービスで活動している間は 楽しい笑顔を見せていても

夕方など 手持ち無沙汰になった時に 落ち着かなくなる。

「何もしなくていいのよ。テレビでも見てて」と言われる辛さ。

彼女の新しい希望と役割を 彼女とどのように見つけていけるか

模索は続きます(院長 神部)。

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